忍者ブログ
< 02月 | 12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 04月 >

▼ふるさとの神々・ひとり画ってん「尾瀬から桧枝岐、越後国に逃れた以仁王」


▼ふるさとの神々・ひとり画ってん「尾瀬から桧枝岐、越後国に逃
れた以仁王」

▼『新ふる神上』(ina07-14):「以仁王」(画展なし)
【概略文】(400字)
 以仁王も神さまとして各地でまつられています。宮城県、新潟県
の各地には高倉宮にちなんだ古墳や廟など遺跡が散在しています。
これは後白河天皇の第二皇子・高倉宮以仁王にちなむ古跡だとされ
ています。

 以仁王は、治承4年(1180)、源平宇治川の戦いで敗死しました。
しかし、死んだのはにせ者で、東北に逃れたとの噂がしきりでした。

 高倉神社の社記「人皇八十代高倉院ノ御宇治承年四秋書」による
と、宇治川の合戦で敗れた以仁王は「足利又太郎忠綱ノ情ニテ、御
助命アリ、越後ノ住人小国馬頭頼之ニ依リ、落チ給フ」とあります。

 その時、尾瀬中納言藤原頼実、三河少将光明、小椋少将藤原定信
ら二十数名がお供し、上州沼田より入り戸倉沼山に宿泊したとあり
ます。

 伝説では東海道経由で甲斐、信濃、沼田に出て、戸倉から桧枝岐
に入り、楢原村(今の福島県下郷町)に達すると、ここに逗留。そ
の後、叶津から八十里越を経て越後国に出ましたがそれから先は不
明になっています。

▼【さらに本文】筆者のページで↓
http://toki.moo.jp/merumaga/fulkamijo/fuljo-03.html



【広告】
…………………………………
★【山のはがき画の会】へお誘い:毎月、山の画文通信【ひとり画
展】(イラストと解説文)を郵送します。詳しくは下記の私のHP
をどうぞ。http://toki.moo.jp/haga-kai/
…………………………………
▼下記のマイブックお譲りします。(1200円送料込み・サイン入り)
・『山の神々いらすと紀行』(東京新聞)
・『ふるさとの神々何でも事典』(冨民協会)
・『いらすと丹沢山ものがたり』(山と渓谷社)
・『野の本・山の本』(春・夏・秋・冬編)(誠文堂新光社)各1200円送料込み
・『イラストふるさと祭事記』(冨民協会)
・『イラストひとの一生なんでも事典』(冨民協会)
・『家庭行事なんでも事典』(冨民協会)
・『健康(クスリになる)野菜と果物』(主婦と生活)
・『健康(クスリになる)魚・貝・海藻』(主婦と生活)
・『イラスト家庭行事事典』(冨民協会)
(以上絶版になっております)

とりあえず在庫があるか、下記にメールでご連絡を。
〒272-0816 千葉県市川市本北方
【時・ゆ-もぁ-と】事務所 とよだ 時宛て
info@toki.moo.jp
…………………………………



★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

PR
▲page top

某月某日 山の伝承に遊ぶ【ひとり画ってん】「南アルプス前衛入笠山・ふたつの清水伝説」

▼山の伝承に遊ぶ【ひとり画ってん】「南アルプス前衛入笠山・ふ
たつの清水伝説」

【概略】
 スズランで有名な入笠山は南アルプスの最北の前衛の山。見晴ら
しよい山頂からは霧ヶ峰、蓼科山、八ヶ岳連峰、南アルプス、中央
アルプス、また富士山、秩父連峰、北アルプスまで360度の展望が
望めます。

 山名は、山の形が稲を刈り取り束にして重ねた「にお」に似てい
るところからきているそうです。この山は湧き水が豊富なところで、
「首切り清水」、「頼重水」などがあります。

 仏平(ぶっぺい)峠の「首切り清水」は昔、高遠藩の金奉行が江
戸に参勤の藩主のもとへ金を届けるために近道をして、この清水で
喉をうるおそうと腹ばいになったところを、後からつけてきた盗賊
に首を切られたという伝説が残っています。

 また富士見町若宮から入笠山登山道の「頼重水」という清水は、
諏訪頼重が武田信玄と戦い、敗れて逃れる途中、杖で掘ったところ
に湧いた清水だそうです。
・長野県伊那市と同県富士見町との境。

……【さらに本文】筆者のページで→
http://toki.moo.jp/merumaga/gate-meru/gate07.html

…………………………………







【広告】
…………………………………
★【山のはがき画の会】へお誘い:毎月、山の画文通信【ひとり画
展】(イラストと解説文)を郵送します。詳しくは下記の私のHP
をどうぞ。http://toki.moo.jp/haga-kai/
…………………………………
▼下記のマイブック(CDブック)お譲りします。
(各1200円送料込み・サイン入り)
http://toki.moo.jp/baiten/mybooks/index.html
…………………………………




★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

こんな話も大まじめ「天狗にもお経があります」

▼山の伝説ひとり画ってん「天狗にもお経があります」

【概略】
 天狗といえば山の妖怪。修験道で修行する行者が、各地の霊山の
天狗を招いて祈念を込める時に唱える「天狗経」というお経があり
ます。室町後期にはすでに唱えられていたものらしいという。

 その内容は「南無大天狗小天狗十二天狗有摩那(うまな)天狗数
万騎天狗、先づ大天狗には、愛宕山太郎坊、妙義山日光坊、比良山
次郎坊、常陸筑波法印、鞍馬山僧正坊、彦山豊前坊、比叡山法性坊、
大原住吉剣坊、横川覚海坊、越中立山縄乗坊(しじょうぼう)、富
士山陀羅尼坊(だらにぼう)、

 ……とつづき、をんあろまや、てんぐすまんきそわか、をんひら
ひらけん、ひらけんのうそわか」と、48の天狗名が出てくるお経
です。

 ただこのお経は四国石鎚の行者たちが、あちこちの天狗名を唱え
ているうちに、徐々に出来上がってきたものではないかという。そ
の証拠に近畿以西の天狗が圧倒的に多く、「八天狗」にも登場する
丹沢大山の伯耆坊や、関東東北の有名天狗名が抜けてしまっていま
す。

……さらには【本文(筆者のページ)】へ↓
http://toki.moo.jp/merumaga/temg/temg09.html

…………………………………





【広告】
…………………………………
★【ヤマケイ新書】……ひょうきんな山の妖怪たち……
『日本百霊山』(山と渓谷社)税込950円。書店にないときはご注
 文を。アマゾン、楽天なら確実に入手できます。
 詳しくは:http://toki.moo.jp/baiten/mybooks/
…………………………………




★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

山の民俗伝承ひとり画ってん。「奥多摩本仁田山・平石尾根に迷い込んだごぜ」

「奥多摩本仁田山・平石尾根に迷い込んだごぜ」

【概略】
 本仁田山の名はイノシシなどのヌタ場からきているという。ここ
にはこんな悲しい物語があります。昔、一座のみんなに遅れてしま
った瞽女が、鳩ノ巣から峰の集落へ向かって登ってきました。

 大根ノ山ノ神の祠のあるところまで来たとき、地元の炭焼きに会
い、道を聞きました。炭焼きはついいたずら心で、自分が降りてき
た別の方向を教えました。瞽女は歩いても歩いても峰の集落に着き
ません。

 夜になり霧雨が雨に変わりヨロヨロとしながら、烏帽子型をした
岩のところで力尽きて、眠るように死んでしまったという。

 それが本仁田山の三角点から尾根道をちょっと北上、コブタカ山
から川苔山方面へ曲がるあたり、西に向かって平石尾根の平石山先
の「ごぜ岩」だということです。

 いまでも雨の日には、岩かげから怨みを込めたような三味線の音
が、か細く聞こえてくるそうです。
・東京都奥多摩町

▼「イラストと本文」は下記からどうぞ。
http://toki.moo.jp//merumaga/octama/oct-09.html



…………………………………





【広告】
…………………………………
★【山のはがき画の会】へお誘い:毎月、山の画文通信【ひとり画
展】(イラストと解説文満載)を郵送します。詳しくは下記の私の
HPをどうぞ。http://toki.moo.jp/haga-kai/

★【ヤマケイ新書】……ひょうきんな山の妖怪たち……
『日本百霊山』(山と渓谷社)税込950円。書店にないときはご注
 文を。アマゾン、楽天なら確実に入手できます。
…………………………………




★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

山の伝承ひとり画ってん「丹沢表尾根二ノ塔・日本武尊の足跡」


「丹沢表尾根二ノ塔・日本武尊の足跡」

【概略】
 いつなくなったのか、以前は二ノ塔に「日本武尊足跡」の道標が
ありました。道を下ると鳥居のある日本武尊の遺跡に到達します。

 その昔、日本武尊が火攻めにあい、草なぎの剣で難を逃れた日本
武尊は相模の国の大山に兵を進めました。しかし、のどが渇きまし
たが水がありません。

 兵士たちも、いきも絶え絶えに疲れ果ててしまっています。日本
武尊は、「水無きを憂う」といいながら、そばにあった岩石に乗り
踏みつけました。

 すると、大きな岩石の下から清水が湧き出したというのです。こ
れで一同は元気を取り戻したのでした。

 この水はどんなに干ばつが続いても水が枯れたことがなく、村人
たちの飲み水として使われたという。村人は、この恩を忘れないよ
う石碑を建てました。

 ところが明応7年(1498)に大地震が襲い、清水は一瞬にして埋
まってしまいました。しかしいまでも岩の上に、縦45.5センチ、
横32センチくらいの足跡に似た凹みが残っていて、そこにはいつ
も水が溜っていて旱魃の時でも枯れることがなかったという。
・神奈川県秦野市。

▼「イラスト」と説明文は下記(筆者のページ)でどうぞ。
http://toki.moo.jp/merumaga/tanzawa/tanzawa03.html




…………………………………





【広告】
…………………………………
★【ヤマケイ新書】…ひょうきんな山の妖怪たちの霊山めぐり…
『日本百霊山』(山と渓谷社)税込950円。書店にないときはご注
 文を。アマゾンなら確実に入手できます。
 詳しくは:http://toki.moo.jp/baiten/mybooks/
…………………………………




★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

▲page top