某月某月「立山・竜王岳の天狗と竜」
立山・竜王岳の天狗と竜
立山浄土山の一角にそそり立つ岩峰龍王岳。山頂の鋭い尖峰に降っ
た雨はこのピークで2分され、東に流れて黒部川、西に流れて常願
寺川に注いでいます。
ザラ峠から西側、常願寺川に下る途中の立山カルデラ底池沼のひと
つ刈(狩)込池があります。この池は竜王の住みかだそうです。
立山開山の祖である佐伯有頼は、常願寺川の氾濫を鎮めるために立
山権現に祈って、水害をもたらしている三里四方の悪竜や、大蛇を
すべてこの池に封じ込めたという伝説があります。
「南谷には大きな池よ、山を開いた有若(有頼)さまは、あまたの
大蛇が住みなす故に、権現さまに頼ませられて、大蛇刈込池じゃと
ござる」…。「飛騨越中安政地震 山抜泥水化物口説」の一節です。
これは1858(安政5)年の地震による大水害を記憶にとどめるた
め、を流布させた口説節というものだそうです。
・富山県立山町。
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★おわり
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- 2016年09月23日
- 山の伝承
山里徘徊・いなかの神さま「庚申さま」
▼某月某日・山里徘徊「庚申さま」
村の辻や道ばたに、「庚申塔」と彫られた、庚申待ちの供養塔を見
かけます。
庚申とは、カレンダーや暦に記されている十干十二支(じっかんじ
ゅうにし)の一つ「かのえ(庚)さる(申)」の日。
60日に一度めぐってくるこの日、眠らずに一夜を過ごして健康長寿
を願うのが庚申待ちの信仰です。
「かのえさる」の日は年に六回ありますが、地域によって、毎回行
う所と、年の初めと終わりの2回行う所がありました。
中国の道教では、人間の体には三尸(し)の虫がすんでいて、かの
えさるの夜、寝ている間に抜け出します。
そして玉皇天帝(北極星)のところに、その人の悪事罪科を報告に
出かけます。
報告を受けた天帝は、その悪事罪科により、人間の寿命を決めると
いう思想がありました。
むらびとが「そうはさせじ」とお堂に集まり、飲食して虫を封じ込
めたとか。娯楽のない時代の楽しみの一つだったのでしょう。
・初庚申つつしみ顔の媼(おうな)連れ(広瀬直人)
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(毎月郵送)(1971年(昭和46)創刊)
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▼終わり
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- 2016年09月22日
- 未選択
某月某月「富士山が日本一大きくなったわけ」
富士山が日本一大きくなったわけ
昔、妹の駿河富士(木花開耶姫)と姉の伊豆下田富士(磐長姫命)
は、昔は高さも同じくらいで、仲むつまじい姉妹山だったといいま
す。
しかし成長するにつれ、妹(駿河富士)はますます美しくなり、姉
(下田富士)は醜くなっていったという。
姉は次第に妹を嫌いはじめ、ふたつの山の間に天城山という屏風を
立てて見られないようにしてしまいました。
姉の姿が見えなくなり、不思議に思った妹は様子をうかがおうと背
伸びをします。
姉は見られまいと身をかがめ、ますます小さくなっていきました。
妹は背伸びをしながらどんどん大きくなりとうとう日本一の高さに
なったという。
そんな姉たちの不仲なのを見て、末娘の八丈島の八丈富士は胸をい
ためているという。
このようにして日本一の高さになった富士山をみて、あちこちの山
々が背競べをいどんで来ることになるのでした。
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- 2016年09月22日
- 山の伝承
某月某月「後立山連峰・五龍岳と武田菱岳」
後立山連峰・五龍岳と武田菱岳
五龍岳にはG0からG7と呼ばれる岩峰群があり、そのG2の大き
な岩峰の崖には、X字形の割れ目があります。
ここのヒシはX字形に割れ目があるので「割りビシ」です。雪が積
もると、菱の岩肌だけが黒く残って目立ちます。
またX字の割れ目にも雪が着くと、「四つ割り菱」の雪形に見えま
す。
戦国時代、ここ五龍の山ろくも武田家の勢力下。領主サマ・武田信
玄の紋章がたまたま同じ「菱」を使った武田菱です。
その上よくみると、おらが「割りビシ」も武田菱に似た形。菱はリ
ョウとも読み、村民のなかでは「御菱(ごりょう)」と呼んだりし
ました。
ごりょうが五龍になまったという。また地蔵ノ頭の風切地蔵、天狗
尾根の風切地蔵など、このあたりには風切地蔵が多い。
このあたりは5月ごろ、大風が吹いてたびたび被害を受け、風除け
のために勧進したという。
・長野県大町市と富山県黒部市宇奈月町旧地区との境。
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- 2016年09月20日
- 山の伝承
野の本・山の本「塩の道源長寺」
▼某月某日「塩の道源長寺」
長野県の千国街道(塩の道)は石碑、石仏が多く歴史の道として訪
れる人に人気があります。
JR千国駅近くの源長寺は、元亀元年(1570・室町末期開基)のお
寺。
開祖の洞光和尚は、天正2年、白馬岳東北方の小蓮華岳に登り、大
日如来の石像をまつったことでも由緒深い。
ある年の夏、小雨のなか、無人の千国駅に下車。山ノ神尾根から小
蓮華岳、白馬岳をめざす途中、源長寺をずねました。
大きな道祖神や庚申塔、境内の塔に刻まれた六地蔵、元貞翁筆塚、
子持ち地蔵などを見物。
ところが、ここでの参拝の仕方が悪かったのか、その夕方、道に迷
って湿原の中をはいずりまわるテイタラタ。
ついに雨も降り出し沢沿いでビバークするありさま。結局、小蓮華
岳の大日如来像をたずねられたのは、やっと3日後。
その間オレはいったい何やってたんだろう。
・長野県小谷村
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▼終わり
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- 2016年09月19日
- 山の伝承

