忍者ブログ
< 05月 | 123456789101112131415161718192021222324252627282930 | 07月 >

某月某日 山の伝承・伝説に遊ぶ【ひとり画ってん】「南ア三伏峠と3人の山伏」


………………………………………………………………………………
▼山の伝承・伝説に遊ぶ【ひとり画ってん】「南ア三伏峠と3人の
山伏」








★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
■無料メールマガジン  発行不定期■
発行 【とよだ 時】(山と田園・ゆ-もぁ画文作家)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


みなさんこんにちは。また新しく読者登録して下さったみなさん、
よろしくお願いします。


さてきょうのメルマガは
▼山の伝承・伝説に遊ぶ【ひとり画ってん】「南ア三伏峠と3人の
山伏」

【概略文】400字
 三伏峠の名は三方に尾根を伏せた(山が伏す)ような地形から来
ているのだとも、このあたりに伝わる伝説の「三正坊」の3人の山
伏にちなむ説。

 またフセは地形語で傾斜地のことで、三つの傾斜地を持つ峠との
説もあります。この峠は日本で最も高い峠で「日本三峠」のひとつ
でもあります。

 南北朝時代、南朝方後醍醐天皇の皇子宗良親王が南朝勢力挽回の
ため、登山口大鹿村に根拠地をおき、東奔西走したという。同親王
の『李花集』という本に出ています。

 大鹿村から三伏峠を目指すには塩川小屋経由の塩川ルートが普通
でしたが、最近は鳥倉林道が豊口山南方の標高1700m付近まで開
通。

 登山者も、登りのきつい塩川経由より楽な鳥倉林道から入る人が
増え、今後は塩川小屋はさびれてしまうかもしれないという。かつ
てお世話になった塩川小屋のおばさんの顔が浮かびます。
・長野県大鹿村と静岡市との境。

……さらには→
http://toki.moo.jp/merumaga/yamatabi/yamatabi10.html

…………………………………









★おわり
………………………………………………………………………………















………………………………………………………………………………

拍手[0回]

PR
▲page top

某月某日 山の伝承・伝説に遊ぶ【ひとり画ってん】「丹沢・お塔の山塔ノ岳」


▼山の伝承・伝説に遊ぶ【ひとり画ってん】「丹沢・お塔の山塔ノ岳」

【概略文】
 東京付近の人なら誰でも一度は登ったことのある山・丹沢の塔ノ
岳。かつて、この山の頂上北西側に尊仏と呼ばれる突き出た塔のよ
うな形の大岩があり、拘留尊仏(くるそんぶつ)という仏さまをを
まつってありました。塔ノ岳の名はそこから来ているといいます。

 ここはかつては5月15日がお祭りで、村人は稲、麦、粟、陸稲
などの穂を持って登りお塔に供え、種子を交換しあったという。

 また、お塔の下の土を掘り持って帰り、田畑にまいて豊作を祈っ
たりしました。

 しかし、この岩も土を掘りすぎたのか、1923年(大正12)の関
東大震災の翌年の1月15日、再び起こった地震にもろくも、コナ
ゴナになって北西側の大金沢にくずれ落ちてしまったそうです。

 いまは岩の根元だけが残って、春になるとコイワザクラがびっし
り花を咲かせ、訪れる登山者を楽しませてくれます。
・神奈川県秦野市と山北町、清川村との境。

……さらには→
http://toki.moo.jp/merumaga/yamatabi/yamatabi07.html

…………………………………









★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

某月某日 山の伝承・伝説に遊ぶ【ひとり画ってん】「北アルプス・剱岳」


▼山の伝承・伝説に遊ぶ【ひとり画ってん】「北アルプス・剱岳」

【概略文】400字
かつて映画「劔岳 点の記」(原作・新田次郎)で話題なった剱岳。
剱岳は立山連峰中最も険しく、山名は「針の山」ともたとえられる
ように、岩峰が剣のように突き立っていることに由来。

明治40(1907)年7月、三角測量点設置のため、陸地測量官柴崎芳
太郎一行が苦労の末、やっと山頂に立ちました。ところが、山頂で
修験者が持っている錫杖の頭と鉄刀を見つけたのです。

さらに石窟でたき火の跡の木炭も発見。錫杖を鑑定した結果、平安
時代初期のものと判明して大騒ぎ。いまは国の重要文化財に指定さ
れています。

木炭のあった石窟は、山頂の斜め下のところという。そこは山頂の
祠を見上げる位置で、高さ約2m、底幅2mくらい。奥行き3mく
らい。奥壁の上部がせり出しています。

かなり以前の夏に登ったとき、山頂の祠の下方、木炭のあったとさ
れる石窟の底をのぞいてみました。

中は空き缶やゴミで埋まっています。ここで一夜を過ごしてみたい
と興味をもっていましたが、さすがに泊まる気にはなりませんでし
た。
・富山県上市町と同県立山町との境

……さらには→
http://toki.moo.jp/merumaga/yamatabi/yamatabi04.html

…………………………………









★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

某月某日 山の歴史と伝承に遊ぶ【ひとり画ってん】「北ア・どこから見ても笠ヶ岳」


▼山の歴史と伝承に遊ぶ【ひとり画ってん】「北ア・どこから見て
も笠ヶ岳」

【概略文】
各地に「笠」の形をした山は多くありますが、この笠ヶ岳ほどどこ

から見ても同じ形をした山はないそうです。

江戸時代は山頂から少し下にある山小屋あたりが人の肩に似ている

というので「肩ヶ岳」とか、お釈迦様の「迦」を意識したのか「迦

多ヶ岳」といっていたらしい。

山岳修行でおなじみの念仏僧・播隆上人がここに登り東の空に浮か

ぶ天をつくような槍ヶ岳を見て、初登頂を決意した話は有名です。

播隆は、1823(文政6)年6月、荒れた踏み跡を探しながらなんと

か笠ヶ岳に登頂。

下山したのち播隆は村人とともに笠ヶ岳への登山道の整備をはじめ

ます。

その年の8月5日、播隆は笠ヶ岳再興を祝って村人を連れて再び登

頂。山頂で念仏を唱えていた午後4時ごろ、雲の中から七色にかが

やくご来光が現れ、その中心に如来像がくっきりあらわれました。

「仏さまの出現だ」とその場にひれ伏したという。いまでいうブロ

ッケン現象ですね。

・岐阜県高山市

……さらには→
http://toki.moo.jp/merumaga/yamatabi/yamatabi01.html

…………………………………









★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

某月某日 山の歴史と伝承に遊ぶ【ひとり画ってん】「北ア五龍岳・五匹の竜とはものすごい」


▼山の歴史と伝承に遊ぶ【ひとり画ってん】「北ア五龍岳・五匹の
竜とはものすごい」

【概略文】
五龍岳(固有名詞なので竜ではなく旧字体を使用しています)山頂

東面には、X字形の割れ目があります。

この割れ目に雪がつくと、遠くからは「四つ割り菱」の形になって

見えます。

まるで当時ここを支配していた武田信玄の家紋と同じです。そのた

め信州側では「御」の字をつけて「御菱」と呼ぶおべっか者も出て

きます。

一方、越中側では餓鬼ヶ岳と呼んでいたという。明治時代、東京の

登山者がこの山にさしかかりました。

地元の案内人に聞くと「ゴリョウ」という山だとの説明。漢字を聞

きましたが分かりません。

「それでは五龍と書いておこう」とメモし、東京で雑誌に発表して

しました。

のち、お上が発行した地形図にも「五龍岳」の文字が記載されて、

とうとうこれが本名になってしまったという。

しかし越中側の餓鬼岳がない。仕方なく唐松岳の西にあった無名峰

を餓鬼岳としたということです。

・長野県大町市と富山県黒部市との境

……さらには→
http://toki.moo.jp/merumaga/yamatabi/yamatabi10.html

…………………………………









★おわり
………………………………………………………………………………

拍手[0回]

▲page top

▲page top