無題
▼山の軽口・伝承神話
「山の妖怪・天狗」
天狗にも種類があります。
天狗はもともとはすべて
カラス天狗だったという。
足利何代目かの将軍の時、
牛若丸に武術を教えた
天狗・鞍馬山の
魔王大僧正が、
将軍の夢枕に
あらわれて、
「自分の姿を
日本画狩野派
2代目・狩野元信に
描かせて鞍馬寺に
安置せよ」との
ご託宣したという。
元信が早速制作に
とりかかりましたが、
どうしても手が
動きません。
するとクモが一匹、
画紙の上で
はい回りました。
それを筆で
なぞっていくと
イメージどおりの
天狗像が
できあがりました。
この天狗像は、
これまでの
天狗像とは違い
堂々とした大天狗。
各地の山々の
天狗信奉者は次々と
こちらの像に
乗り換えていきました。
しかし長野県の
飯縄山系の天狗の山
(東京高尾山、
箱根明星ヶ岳・大雄山、
静岡秋葉山、群馬迦葉山、
日光付近の
古峰ヶ原など)は
いまでも
くちばしのある
荼吉尼天の姿で
通しています。
【さらに詳細】は。
https://toki.moo.jp/mail-maga/gate-mail/gate03.html
…………………
投稿者【とよだ 時】のホームページ:
https://toki.moo.jp/
★おわり
…………………………………………
「山の妖怪・天狗」
天狗にも種類があります。
天狗はもともとはすべて
カラス天狗だったという。
足利何代目かの将軍の時、
牛若丸に武術を教えた
天狗・鞍馬山の
魔王大僧正が、
将軍の夢枕に
あらわれて、
「自分の姿を
日本画狩野派
2代目・狩野元信に
描かせて鞍馬寺に
安置せよ」との
ご託宣したという。
元信が早速制作に
とりかかりましたが、
どうしても手が
動きません。
するとクモが一匹、
画紙の上で
はい回りました。
それを筆で
なぞっていくと
イメージどおりの
天狗像が
できあがりました。
この天狗像は、
これまでの
天狗像とは違い
堂々とした大天狗。
各地の山々の
天狗信奉者は次々と
こちらの像に
乗り換えていきました。
しかし長野県の
飯縄山系の天狗の山
(東京高尾山、
箱根明星ヶ岳・大雄山、
静岡秋葉山、群馬迦葉山、
日光付近の
古峰ヶ原など)は
いまでも
くちばしのある
荼吉尼天の姿で
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- 2025年05月27日
- 未選択
無題
▼山の軽口・伝承神話
「西丹沢・甲相駿州三国境争い」
【概略】
丹沢の中でも奥深い
大室山から
菰釣山・三国山にかけての
尾根は、神奈川県と
山梨県・静岡県の県境に
なっています。
このあたりは
よい木材が採れる山で、
相模の国(神奈川側)・
甲斐の国(山梨県側)・
駿河の国(静岡県側)とも
自分の領地に
有利にしたいところ。
昔から領土紛争があり、
古くは平安時代の
797年(延暦16)
中央政府の裁定が
あったといいます。
江戸時代になると
「御木」となって保護。
その後紛争は断続的に
起こっていたといいます。
そんななか、
甲州・平野村の名主・
長田勝之進らが
相州から国境を越えて
炭焼きに入り込む者ありと
いう告発騒動が
起こりました。
これが発端になり、
国境争い大論争に
発展していきました。
ついに幕府の家老が
裁定に乗り出し、
平安時代から千年、
1847年(弘化4)になって
やっといまのような
大室山から鐘撞山への
国境線が引かれたと
いうことです。
【さらに詳細】は。
https://toki.moo.jp/mail-maga/gate-mail/gate02.html
…………………
「西丹沢・甲相駿州三国境争い」
【概略】
丹沢の中でも奥深い
大室山から
菰釣山・三国山にかけての
尾根は、神奈川県と
山梨県・静岡県の県境に
なっています。
このあたりは
よい木材が採れる山で、
相模の国(神奈川側)・
甲斐の国(山梨県側)・
駿河の国(静岡県側)とも
自分の領地に
有利にしたいところ。
昔から領土紛争があり、
古くは平安時代の
797年(延暦16)
中央政府の裁定が
あったといいます。
江戸時代になると
「御木」となって保護。
その後紛争は断続的に
起こっていたといいます。
そんななか、
甲州・平野村の名主・
長田勝之進らが
相州から国境を越えて
炭焼きに入り込む者ありと
いう告発騒動が
起こりました。
これが発端になり、
国境争い大論争に
発展していきました。
ついに幕府の家老が
裁定に乗り出し、
平安時代から千年、
1847年(弘化4)になって
やっといまのような
大室山から鐘撞山への
国境線が引かれたと
いうことです。
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- 2025年05月20日
- 未選択
「北アルプス・薬師岳」
▼山の駄画駄文屋の
「北アルプス・薬師岳」
▼【概略説明】
薬師岳の山ろくの
有峰湖湖底には、
かつて有峰の村が
ありました。
昔、この村にすむ
ミサノ松という
貧しい職人ががある日、
山中で昼寝をしていると、
夢の中に薬師如来が
あらわれ、ミサノ松を
招きます。
ついて行くと、
いつの間にか
高い山の頂上に
登っているのでした。
「これは薬師如来が
この山を開かせるため
あらわれたのだ」。
ミサノ松は頂上に
お堂を建て、薬師如来を
祀ったということです。
またここの南にある
太郎兵衛平は、
白、淡紅、薄紫の衣装を
まとった高山植物の
化身の3人の美女が、
突然あらわれ
すきとおる声で歌い
優雅に踊りはじめ、
その美女たちに
惑わされたのが
地名の由来だそうです。
▼【続きを見る↓】
https://toki.moo.jp/mail-maga/100den/100den10.html
…………………
【とよだ 時】:名前で検索
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★おわり
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「北アルプス・薬師岳」
▼【概略説明】
薬師岳の山ろくの
有峰湖湖底には、
かつて有峰の村が
ありました。
昔、この村にすむ
ミサノ松という
貧しい職人ががある日、
山中で昼寝をしていると、
夢の中に薬師如来が
あらわれ、ミサノ松を
招きます。
ついて行くと、
いつの間にか
高い山の頂上に
登っているのでした。
「これは薬師如来が
この山を開かせるため
あらわれたのだ」。
ミサノ松は頂上に
お堂を建て、薬師如来を
祀ったということです。
またここの南にある
太郎兵衛平は、
白、淡紅、薄紫の衣装を
まとった高山植物の
化身の3人の美女が、
突然あらわれ
すきとおる声で歌い
優雅に踊りはじめ、
その美女たちに
惑わされたのが
地名の由来だそうです。
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- 2025年05月14日
- 未選択
山の伝説神話「剱岳」
▼山の駄画師の
「剱岳」です。
ご高覧をお願いします。
かつて映画「点の記」
(原作・新田次郎)で
話題なった剱岳。
剱岳は立山連峰中最も
険しく、山名は
「針の山」とも
たとえられるように、
岩峰が剣のように
突き立っていることに
由来。
明治40(1907)年7月、
三角測量点設置のため、
陸地測量官
柴崎芳太郎一行が
苦労の末、やっと山頂に
立ちました。
ところが、山頂で
修験者が持っている
錫杖の頭と鉄刀を
見つけたのです。
さらに石窟で
たき火の跡の
木炭も発見。
錫杖を鑑定した結果、
平安時代初期のものと
判明して大騒ぎ。
いまは国の
重要文化財に
指定されています。
木炭のあった石窟は、
山頂の斜め下のところに
あるとされています。
そこは山頂の祠を
見上げる位置で、
高さ約2m、
底幅2mくらい。
奥行き3mくらい。
奥壁の上部が
せり出しています。
かなり以前の
夏に登ったとき、
山頂の祠の下方、
木炭のあったとされる
石窟らしい底を
のぞいてみました。
ここが本当の石窟か?
中は空き缶やゴミで
埋まっています。
一夜を過ごしてみたいと
興味をもっていましたが、
さすがに泊まる気には
なりませんでした。
▼【続きを見る↓】
https://toki.moo.jp/mail-maga/100den/100den08.html
▼【目次】
・【剣岳とは】
・【剣か釼か剱か劔か劒の文字か】
・【不入の山】
・【掟破りの不審な死】
・【平安時代から登山】
・【タブーを無視した女性】
・【池平山】
・【モリブデン鉱山】
・【仙人だらけ】
・【冠松次郎が発見した仙人池】
・【剣岳データ】
・【参考文献】
…………………
【とよだ 時】:名前で検索
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★おわり
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「剱岳」です。
ご高覧をお願いします。
かつて映画「点の記」
(原作・新田次郎)で
話題なった剱岳。
剱岳は立山連峰中最も
険しく、山名は
「針の山」とも
たとえられるように、
岩峰が剣のように
突き立っていることに
由来。
明治40(1907)年7月、
三角測量点設置のため、
陸地測量官
柴崎芳太郎一行が
苦労の末、やっと山頂に
立ちました。
ところが、山頂で
修験者が持っている
錫杖の頭と鉄刀を
見つけたのです。
さらに石窟で
たき火の跡の
木炭も発見。
錫杖を鑑定した結果、
平安時代初期のものと
判明して大騒ぎ。
いまは国の
重要文化財に
指定されています。
木炭のあった石窟は、
山頂の斜め下のところに
あるとされています。
そこは山頂の祠を
見上げる位置で、
高さ約2m、
底幅2mくらい。
奥行き3mくらい。
奥壁の上部が
せり出しています。
かなり以前の
夏に登ったとき、
山頂の祠の下方、
木炭のあったとされる
石窟らしい底を
のぞいてみました。
ここが本当の石窟か?
中は空き缶やゴミで
埋まっています。
一夜を過ごしてみたいと
興味をもっていましたが、
さすがに泊まる気には
なりませんでした。
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▼【目次】
・【剣岳とは】
・【剣か釼か剱か劔か劒の文字か】
・【不入の山】
・【掟破りの不審な死】
・【平安時代から登山】
・【タブーを無視した女性】
・【池平山】
・【モリブデン鉱山】
・【仙人だらけ】
・【冠松次郎が発見した仙人池】
・【剣岳データ】
・【参考文献】
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- 2025年05月07日
- 未選択
百名山神話伝説・047「鹿島槍ヶ岳」
山の駄画師の
「百名山神話伝説・047」
「鹿島槍ヶ岳」
▼【概略説明】
北アルプス後立山連峰に
ある鹿島槍ヶ岳は、
山頂が二つに分かれた
双耳峰。
山頂がとがっており、
「鹿島にある槍ヶ岳」と
いうのです。
北壁直下の
カクネ里という窪地は
いかにも人の
住めそうな所。
下流の鹿島集落の祖先
(平家の落人?)の
隠れていた所といいます。
落人たちは後になって、
大川沢をくだり、
いまの鹿島川の
ほとりに移り住み、
田畑を切り開いて
いまの鹿島槍ヶ岳山麓、
大町市鹿島集落に
なったというのです。
しかし、肝心な
鹿島集落では
そんな伝説は
知らないといいます。
また登山の大先輩
羽賀正太郎氏は、
人が住めそうな地形から
「カクネ里」の名が
生まれたのではないか
としています。
いずれにしても現地は
普通ではとても
行けそうにない
大川沢の奧の奧、
雪崩や雪塊の崩落が
名物のような場所です。
▼【続きを見る↓】
https://toki.moo.jp/mail-maga/100den/100den07.html
「百名山神話伝説・047」
「鹿島槍ヶ岳」
▼【概略説明】
北アルプス後立山連峰に
ある鹿島槍ヶ岳は、
山頂が二つに分かれた
双耳峰。
山頂がとがっており、
「鹿島にある槍ヶ岳」と
いうのです。
北壁直下の
カクネ里という窪地は
いかにも人の
住めそうな所。
下流の鹿島集落の祖先
(平家の落人?)の
隠れていた所といいます。
落人たちは後になって、
大川沢をくだり、
いまの鹿島川の
ほとりに移り住み、
田畑を切り開いて
いまの鹿島槍ヶ岳山麓、
大町市鹿島集落に
なったというのです。
しかし、肝心な
鹿島集落では
そんな伝説は
知らないといいます。
また登山の大先輩
羽賀正太郎氏は、
人が住めそうな地形から
「カクネ里」の名が
生まれたのではないか
としています。
いずれにしても現地は
普通ではとても
行けそうにない
大川沢の奧の奧、
雪崩や雪塊の崩落が
名物のような場所です。
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