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▼某月某日「東北・飯豊山草履塚の石仏」


▼某月某日「東北・飯豊山草履塚の石仏」

飯豊連峰の数ある峰々中で主峰とされる飯豊山は、山形県と新潟県
境にありながら、山頂一帯だけは福島県の一部という飛び地になっ
ている奇妙な境界線。


飯豊山山頂から東南に下って約1時間、草履塚というピークがあり
ます。


かつては剱神社と草履小屋があったところで、お山の飯豊神社にお
参りに来た人は、ここで草履をはきかえてから出発したという。


7月末、ギラギラと真夏の太陽が照りつけます。まだ8時だという
のにもう汗だくです。


登山道の突然の下り、降りついた所に妙な石仏があります。その昔、
羽前の国小松出身のある姥が女人禁制の飯豊山に登りたい一念で、
ここまで来ましたが神の怒りにふれて、むなしく石にされたという
伝説がある姥権です。


細長い葉の茂った草が覆った囲いの中で姥権は、ハンカチやタオル
をまいています。うつむけた風化した顔がものすごい表情に見えま
した。
・福島県喜多方市山都町




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▼終わり
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某月某日「奈良・高天彦神社土蜘蛛窟」


某月某日【山の伝承漫画】「奈良・高天彦神社土蜘蛛窟」



『古事記』や『日本書紀』などの神話伝説に出てくる高天原はここ
だという所は各地にありますが、ここ奈良県御所市高天集落もその
ひとつです。


高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を祭神とする高天彦神社もあり
ます。昔、ここに土蜘蛛が住んでいたという。


土蜘蛛は鬼と同じように、古代、朝廷に従属しない先住の人々をよ
ぶ蔑視語。伝説によれば、土蜘蛛はサルチ(猿伐)という所から矢
で射殺され、蜘蛛塚に埋められたという。


かなり前の4月、高天彦神社から土蜘蛛の住処だったという蜘蛛の
窟を訪ねました。蜘蛛窟は杉林の中にあり、径2m位の場所がコン
クリートで固められ石碑も建っています。


そこから伸びる踏み跡一本。ザックをおろし、結構な距離歩いた歩
いた。


たどり着いてみれば枯れ葉で埋まった同じようなくぼ地がポツン。
登山靴で切り株を蹴りつけました。
・奈良県御所市高天







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★山の伝承「石仏紀行・狛猫?狛虎・狛犬?」


石仏紀行・狛猫?狛虎・狛犬?


山伏峠の名は三方に尾根を伏せた(山が伏す)ような地形から来て
いるのだとも、このあたりに伝わる伝説の「三正坊」の3人の山伏
にちなむ説。


またフセは地形語で傾斜地のことで、三つの傾斜地を持つ峠との説
もあります。この峠は日本で最も高い峠で「日本三峠」のひとつで
もあります。


南北朝時代、南朝方後醍醐天皇の皇子宗良親王が南朝勢力挽回のた
め、登山口大鹿村に根拠地をおき、東奔西走したという。同親王の
『李花集』という本に出ています。


大鹿村から三伏峠を目指すには塩川小屋経由の塩川ルートが普通で
したが、最近は鳥倉林道が豊口山南方の標高1700m付近まで開通。


登山者も、登りのきつい塩川経由より楽な鳥倉林道から入る人が増
え、今後は塩川小屋はさびれてしまうかもしれないという。


かつてお世話になった塩川小屋のおばさんの顔が浮かびます。
・長野県大鹿村と静岡市との境。




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★某月某日「北アルプス槍ヶ岳へつづく喜作新道」


某月某日「北アルプス槍ヶ岳へつづく喜作新道」





▼某月某日「北アルプス槍ヶ岳へつづく喜作新道」

長野県大町市の中房温泉から燕岳、大天井岳、西岳から東鎌尾根経
由で槍ヶ岳へ真っ直ぐ登山道が延びているのが喜作新道です。


アルプス表銀座コースとして大勢の登山者が訪れます。その名のよ
うに喜作という人が造った道です。


喜作とは安曇野市穂高牧集落出身の猟師小林喜作のことで、1922年
(大正11)にこの道を開拓、槍ヶ岳直下の殺生小屋や西岳小屋を建
てたという。


喜作が自分の家に用事で戻る姿が当時の「銀ぶらの格好」だったの
がその名の由来だそうです。


その後喜作は息子と一緒に後立山連峰に猟に出かけ、爺ヶ岳裏の棒
小屋沢で雪崩で死んだという。


この喜作新道を記念して、大天井岳の周辺にレリーフがいくつか掲
げてあり、毎年秋には「喜作祭り」の記念山行も行われているそう
です。
・長野県大町市、松本市と岐阜県高山市との境。(ただし山頂は長
野県)。





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★山の伝承「石仏紀行・狛猫?狛虎・狛犬?」


石仏紀行・狛猫?狛虎・狛犬?


山や峠で地蔵や観音、庚申、道祖神などをよく見かけます。ところ
がここ長野県・石仏で有名な修那羅(しょなら)峠の石神石仏はど
れも奇抜で、庶民の願いがこもったものばかり500体がズラリとな
らんでいます。


製作者は不明で、江戸時代末期から明治にかけての銘が彫られてあ
ります。


峠は安宮神社の境内になっていて長野県の自然百選に選ばれている
ところ。


「しょなら様」とよばれる神社の創始者・大天武命は、江戸後期い
まの新潟県妙高村の生まれ。


石仏を管理する神社に記帳する参拝者だけで、年間五千人をくだら
ないというから、実際にははるかにこれを上回るはず。


そんななか、猫の狛犬だと称する石仏を見つけました。大きな面構
えとでかい態度、それに鋭い「眼光」はどう見ても虎ではありませ
んか。


さすが奇抜な修那羅山的に造形された石仏です。
・長野県筑北村と青木村との境。




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