「北ア雲ノ平・奥スイス庭園」
山と田園の伝説神話「北ア雲ノ平・奥スイス庭園」
【概略説明】
雲上の楽園ともいわれる黒部川源流の台地
・雲ノ平。ハイマツの中に安山岩、池塘、お
花畑が点在し、日本庭園、スイス庭園、アル
プス庭園、アラスカ庭園など、自然の広場が
点々とならんでいます。
ところが、雲ノ平の名は信州側の名だとい
うから分からないものです。そもそもこのあ
たりは越中(富山県)の領域にもかかわらず、
昔は信州(長野県)の人たちが猟や木材伐採
に入ることが多かったらしく、雲ノ平や祖父
岳の名前は信州側の呼び方だといいます。
ある年の夏、雲ノ平山荘の手前から北のハ
イマツ帯の道に入り、テントを張りっぱなし
にして高天原の温泉に贅沢入浴に向かいま
す。コロナ無人観測所、奥スイス庭園、苗代
ノ原、詩ノ原、高天原峠を通り高天原へ。お
花畑の中、露岩と池塘の配置が美しい。眼前
の薬師岳が大きい。その見事さにしばらく立
ちつくしました。
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https://toki.moo.jp/mail-maga/gate-mail/gate04.html
【概略説明】
雲上の楽園ともいわれる黒部川源流の台地
・雲ノ平。ハイマツの中に安山岩、池塘、お
花畑が点在し、日本庭園、スイス庭園、アル
プス庭園、アラスカ庭園など、自然の広場が
点々とならんでいます。
ところが、雲ノ平の名は信州側の名だとい
うから分からないものです。そもそもこのあ
たりは越中(富山県)の領域にもかかわらず、
昔は信州(長野県)の人たちが猟や木材伐採
に入ることが多かったらしく、雲ノ平や祖父
岳の名前は信州側の呼び方だといいます。
ある年の夏、雲ノ平山荘の手前から北のハ
イマツ帯の道に入り、テントを張りっぱなし
にして高天原の温泉に贅沢入浴に向かいま
す。コロナ無人観測所、奥スイス庭園、苗代
ノ原、詩ノ原、高天原峠を通り高天原へ。お
花畑の中、露岩と池塘の配置が美しい。眼前
の薬師岳が大きい。その見事さにしばらく立
ちつくしました。
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- 2026年03月27日
- 未選択
無題
山と田園の伝説神話「北ア・小蓮華山と風切り地蔵」
【概略説明】
新潟県糸魚川市方面から白馬岳方面を見る
と、谷奥深く雪をいだいた峰々がまるで白い
ハスの花弁に見えるそうです。そこで越後側
では、この周辺の山を蓮華岳と呼び、大蓮華
(白馬岳)のとなりの小さい山を小蓮華と呼
んだそうです。
その小蓮華山の大日如来像は「風切地蔵」
とも呼ぶそうです。小蓮華山頂と、ふもとの
白馬村落倉集落の風切地蔵、そして柄山(か
らやま)峠(長野県白馬村と鬼無里村との境)
の風切地蔵は東へ向かって一直線。これは冬
至の「日の出」と夏至の「日の入」にぴった
りと符合。結界を形づくり、昔からこのライ
ンの南には「魔」が入らないと伝えられてい
ます。
落倉地区にはそんな風切地蔵に感謝しては
じまった地蔵祭りの由来伝説も残っていま
す。いまでは「落倉の風切地蔵」は、白馬地
方や小谷方面などの人たちに親しまれていま
す。
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【概略説明】
新潟県糸魚川市方面から白馬岳方面を見る
と、谷奥深く雪をいだいた峰々がまるで白い
ハスの花弁に見えるそうです。そこで越後側
では、この周辺の山を蓮華岳と呼び、大蓮華
(白馬岳)のとなりの小さい山を小蓮華と呼
んだそうです。
その小蓮華山の大日如来像は「風切地蔵」
とも呼ぶそうです。小蓮華山頂と、ふもとの
白馬村落倉集落の風切地蔵、そして柄山(か
らやま)峠(長野県白馬村と鬼無里村との境)
の風切地蔵は東へ向かって一直線。これは冬
至の「日の出」と夏至の「日の入」にぴった
りと符合。結界を形づくり、昔からこのライ
ンの南には「魔」が入らないと伝えられてい
ます。
落倉地区にはそんな風切地蔵に感謝しては
じまった地蔵祭りの由来伝説も残っていま
す。いまでは「落倉の風切地蔵」は、白馬地
方や小谷方面などの人たちに親しまれていま
す。
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- 2026年03月24日
- 未選択
山と田園の伝説神話「下山者を癒やすヤブカンゾウの花」
山と田園の伝説神話
「下山者を癒やすヤブカンゾウの花」
【概略文】
夏、草原の中にヤブカンゾウの花が咲いて
います。ワスレグサとも呼ばれます。平安時
代の『和名抄』に「一名、忘憂」とある通り、
これを身につけると憂いを忘れることができ
るといいます。
基本形は中国原産のホンカンゾウ。中国で
はこの花を見て憂いを忘れるという故事があ
り、これが日本に伝来。『万葉集』にも「忘
れ草我が下紐に付けたれど醜(しこ)の醜草
言(こと)にしありけり」(大伴家持)など
と詠まれるようになります。
のち、憂いを忘れるよりも、人から忘れら
れるという場合に使うように変化していった
といいますから人間は自分の都合でいろいろ
考えるものですね。
ヤブカンゾウはあの有名なニッコウキスゲ
(ゼンテイカ)の仲間。海岸の浜に生えるハ
マカンゾウ、野に生えるノカンゾウ、そして
それよりも人里近くのやぶに生えるヤブカン
ゾウとものは順にいっています。
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「下山者を癒やすヤブカンゾウの花」
【概略文】
夏、草原の中にヤブカンゾウの花が咲いて
います。ワスレグサとも呼ばれます。平安時
代の『和名抄』に「一名、忘憂」とある通り、
これを身につけると憂いを忘れることができ
るといいます。
基本形は中国原産のホンカンゾウ。中国で
はこの花を見て憂いを忘れるという故事があ
り、これが日本に伝来。『万葉集』にも「忘
れ草我が下紐に付けたれど醜(しこ)の醜草
言(こと)にしありけり」(大伴家持)など
と詠まれるようになります。
のち、憂いを忘れるよりも、人から忘れら
れるという場合に使うように変化していった
といいますから人間は自分の都合でいろいろ
考えるものですね。
ヤブカンゾウはあの有名なニッコウキスゲ
(ゼンテイカ)の仲間。海岸の浜に生えるハ
マカンゾウ、野に生えるノカンゾウ、そして
それよりも人里近くのやぶに生えるヤブカン
ゾウとものは順にいっています。
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- 2026年03月19日
- 未選択
「南アルプス・荒川三山」
岳山里山あぜ道歩き
「南アルプス・荒川三山」
【概略文】
荒川岳は、西側から前岳、中岳、東岳(悪
沢岳)の三山の総称です。とくに最高峰の東
岳は本邦第6位の高峰。その荒川岳の名は西
麓の長野県大鹿村を流れる小渋川の支流、大
崩壊地から突き上げる荒川に由来していま
す。この三山は長野県、静岡県、山梨県(県
内ではない)、それぞれ別の名前で呼んでい
ました。
長野側では西から荒川岳、中岳、連岳と呼
び、静岡側では同じく西から荒川岳、奥西河
内岳、地蔵ヶ岳と、それに山梨県では奥西河
内岳、魚無河内岳、悪沢岳と呼んでいたから
紛らわしい。
昔は荒川、鍋伏(悪沢岳?)、赤石岳を含
めて三ッ峠(三峰)といっていたといい、東
岳(悪沢岳)山頂に三峰神をまつってありま
した。三峰といえば1886年(明治19)、堀
本丈吉(敬神講)が三峰講社を結成して登山。
いま中岳にも木製の祠の残骸が見られます。
★続きの【本文】をどうぞ。
https://toki.moo.jp/mail-maga/gate-mail/gate01.html
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・01『丹沢山ものがたり』
・02『全国の山・天狗ばなし』
・03『山の神々いらすと紀行』
・04『ふるさとの神々何でも事典』
・05『野の本・山の本』ほか
・06 ↓こちらもどうぞ
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「南アルプス・荒川三山」
【概略文】
荒川岳は、西側から前岳、中岳、東岳(悪
沢岳)の三山の総称です。とくに最高峰の東
岳は本邦第6位の高峰。その荒川岳の名は西
麓の長野県大鹿村を流れる小渋川の支流、大
崩壊地から突き上げる荒川に由来していま
す。この三山は長野県、静岡県、山梨県(県
内ではない)、それぞれ別の名前で呼んでい
ました。
長野側では西から荒川岳、中岳、連岳と呼
び、静岡側では同じく西から荒川岳、奥西河
内岳、地蔵ヶ岳と、それに山梨県では奥西河
内岳、魚無河内岳、悪沢岳と呼んでいたから
紛らわしい。
昔は荒川、鍋伏(悪沢岳?)、赤石岳を含
めて三ッ峠(三峰)といっていたといい、東
岳(悪沢岳)山頂に三峰神をまつってありま
した。三峰といえば1886年(明治19)、堀
本丈吉(敬神講)が三峰講社を結成して登山。
いま中岳にも木製の祠の残骸が見られます。
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- 2026年03月17日
- 未選択
高尾山の天狗は 鼻ペチャなのだ?
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山のポンチ画「伝説神話」。高尾山の天狗は
鼻ペチャなのだ?
【説明概略文】
いま天狗といえばだれもが鼻の高い顔を連
想します。現に天狗で有名なお寺や神社のみ
やげ店で目につくのは全部鼻高天狗お面で
す。
しかし、室町時代の末期までは鼻高天狗は
なくすべてくちばしのとがったカラス天狗だ
ったといいます。足利何代目かの将軍の時、
狩野派2代目、元信がいまのような山伏姿の
鼻高天狗を創り出しました。
世間の人たちは今までとは比べものになら
ないかっこよさに、全国あちこちの天狗の山
々も次々にこの天狗像に乗り換えしまいまし
た。いまでは天狗といえば山伏姿の鼻高天狗
をいうようになっています。
それに対してもとのカラス天狗のままで押
し通ししているのが北信の飯縄山系の天狗た
ちです。この天狗の姿は背中に火炎を背負い、
白いキツネに乗った荼吉尼天の姿です。飯縄
系の天狗は、このほか静岡県の秋葉山三尺坊、
神奈川県箱根明星ヶ岳の道了薩た、東京の高
尾山飯縄権現、茨城県の加波山岩切大神など
がいます。
これらの天狗はいまももじゃもじゃ頭でく
ちばしのとがった姿を守りとおしています。
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鼻ペチャなのだ?
【説明概略文】
いま天狗といえばだれもが鼻の高い顔を連
想します。現に天狗で有名なお寺や神社のみ
やげ店で目につくのは全部鼻高天狗お面で
す。
しかし、室町時代の末期までは鼻高天狗は
なくすべてくちばしのとがったカラス天狗だ
ったといいます。足利何代目かの将軍の時、
狩野派2代目、元信がいまのような山伏姿の
鼻高天狗を創り出しました。
世間の人たちは今までとは比べものになら
ないかっこよさに、全国あちこちの天狗の山
々も次々にこの天狗像に乗り換えしまいまし
た。いまでは天狗といえば山伏姿の鼻高天狗
をいうようになっています。
それに対してもとのカラス天狗のままで押
し通ししているのが北信の飯縄山系の天狗た
ちです。この天狗の姿は背中に火炎を背負い、
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系の天狗は、このほか静岡県の秋葉山三尺坊、
神奈川県箱根明星ヶ岳の道了薩た、東京の高
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がいます。
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- 2026年03月13日
- 山の伝承

