丹沢山のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
71番:丹沢山のはなし
▼【概略説明】
江戸時代の
『新編相模国風土記稿』に
よると、「丹沢山」と
いえば、いまの東丹沢の
札掛集落周辺の山を呼んで
いたようです。
一方、地元ではこの山を
昔から、
「三境(さんさかい)」
とか、「三境の峰」と
呼んでいたという。
いまの丹沢山は、
足柄上郡・愛甲郡・
津久井郡(いまの
相模原市)と、昔の
3つの郡の境になっていた
からでした。
それがいまのように
「丹沢山」と名前が
変わったのは、明治政府が
地図を作りはじめた時
からでした。お上は、
三角測量で、見通しのいい
山に三角点を設置、測量の
網を広げていきました。
この山も山頂に
一等三角点をが設置し、
三角測量が行われました。
この時、三角点を
「点の記」に「丹沢山」と
記入、できた地図にも
「丹沢山」と記載して
しまったのです。
政府が発行する地図に
「丹沢山」と記入されて
しまっては仕方が
ありません。いつしか
地元の名前など忘れられ、
この名前が定着し、
ガイドブックなどにも
書かれるようになって
しまったということです。
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・『日本百名山の伝説と神話』
・『丹沢山ものがたり』
・『全国の山・天狗ばなし』
・『続・山の神々いらすと紀行』
・『ふるさとの神々何でも事典』
・『ふるさとの歳時記』
その他
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★【その他】
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…………………
【とよだ 時】
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★おわり
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71番:丹沢山のはなし
▼【概略説明】
江戸時代の
『新編相模国風土記稿』に
よると、「丹沢山」と
いえば、いまの東丹沢の
札掛集落周辺の山を呼んで
いたようです。
一方、地元ではこの山を
昔から、
「三境(さんさかい)」
とか、「三境の峰」と
呼んでいたという。
いまの丹沢山は、
足柄上郡・愛甲郡・
津久井郡(いまの
相模原市)と、昔の
3つの郡の境になっていた
からでした。
それがいまのように
「丹沢山」と名前が
変わったのは、明治政府が
地図を作りはじめた時
からでした。お上は、
三角測量で、見通しのいい
山に三角点を設置、測量の
網を広げていきました。
この山も山頂に
一等三角点をが設置し、
三角測量が行われました。
この時、三角点を
「点の記」に「丹沢山」と
記入、できた地図にも
「丹沢山」と記載して
しまったのです。
政府が発行する地図に
「丹沢山」と記入されて
しまっては仕方が
ありません。いつしか
地元の名前など忘れられ、
この名前が定着し、
ガイドブックなどにも
書かれるようになって
しまったということです。
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- 2025年09月12日
- 未選択
大菩薩のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
70番:大菩薩のはなし
▼【説明概略】
大菩薩峠は、明治に
なってから開かれた
「いまの大菩薩峠」
(新峠)と、
「丹波大菩薩峠」と
「小菅大菩薩峠」の
三つの峠があります。
丹波大菩薩峠は旧の峠で
いまは廃道になって
います。小菅大菩薩峠は
石丸峠のこと。
いまの大菩薩峠の2キロ程
登ったところが最高峰の
大菩薩嶺です。
大菩薩という山名は、
陸地測量部がつけたとも
いわれてもいます。
しかし、江戸時代の地誌
『甲斐国志』にこの文字が
あるところから、
近世ごろにはこの山を
大菩薩峰といい、すでに
周辺一帯の山々を総称して
大菩薩嶺といっていた
ようです。
そもそもこの名は、
平安時代、新羅三郎
義光が、大菩薩峠で道に
迷った時、案内をした
木こりが、八幡大菩薩の
化身だったというので
「南無八幡大菩薩」と
唱えたのがはじまりとか。
大菩薩嶺の山ろくは
甲斐武田氏の終えんの
場所でもあります。
織田・徳川連合軍に
追われた武田勝頼は、
郡内の岩殿城主の
小山田信茂を頼りますが
信茂が謀反。
勝頼はとうとう
田野地区で、奥方とともに
自刃したということです。
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・『丹沢山ものがたり』
・『全国の山・天狗ばなし』
・『続・山の神々いらすと紀行』
・『ふるさとの神々何でも事典』
・『ふるさとの歳時記』
その他
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70番:大菩薩のはなし
▼【説明概略】
大菩薩峠は、明治に
なってから開かれた
「いまの大菩薩峠」
(新峠)と、
「丹波大菩薩峠」と
「小菅大菩薩峠」の
三つの峠があります。
丹波大菩薩峠は旧の峠で
いまは廃道になって
います。小菅大菩薩峠は
石丸峠のこと。
いまの大菩薩峠の2キロ程
登ったところが最高峰の
大菩薩嶺です。
大菩薩という山名は、
陸地測量部がつけたとも
いわれてもいます。
しかし、江戸時代の地誌
『甲斐国志』にこの文字が
あるところから、
近世ごろにはこの山を
大菩薩峰といい、すでに
周辺一帯の山々を総称して
大菩薩嶺といっていた
ようです。
そもそもこの名は、
平安時代、新羅三郎
義光が、大菩薩峠で道に
迷った時、案内をした
木こりが、八幡大菩薩の
化身だったというので
「南無八幡大菩薩」と
唱えたのがはじまりとか。
大菩薩嶺の山ろくは
甲斐武田氏の終えんの
場所でもあります。
織田・徳川連合軍に
追われた武田勝頼は、
郡内の岩殿城主の
小山田信茂を頼りますが
信茂が謀反。
勝頼はとうとう
田野地区で、奥方とともに
自刃したということです。
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【とよだ 時】
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★おわり
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- 2025年09月11日
- 山歩き
瑞牆山のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
69番:瑞牆山のはなし
▼【概略説明】
瑞牆とは聖域を囲む
垣根ことで周りの岩峰を
神の山を囲む垣根に
見立てたものという。
ここの洞窟には山師
(鉱山技師、伐採を
請け負う人)の間で
知られる謎の古代文字が
あるといいます。
大正時代から
昭和にかけての
登山家・大島亮吉は
この洞窟を訪れ、
著書「瑞牆山・小倉山」の
中で「…文字は一丈ほどの
長さにて、二尺四方程の
大きさの文字五六字を
花崗岩に刻めり。
風化して殆んど
字形を止めず」とし、
この上方の岩窟には
剣を奉納してあると
書いています。
またこれとは別の洞窟には
弘法大師文字という梵字が
あるという。
カンマンポロンと読み、
大日如来、不動明王の
意味だという。
そういえば空海が霊場を
求めてやってきたという
言い伝えもあります。
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69番:瑞牆山のはなし
▼【概略説明】
瑞牆とは聖域を囲む
垣根ことで周りの岩峰を
神の山を囲む垣根に
見立てたものという。
ここの洞窟には山師
(鉱山技師、伐採を
請け負う人)の間で
知られる謎の古代文字が
あるといいます。
大正時代から
昭和にかけての
登山家・大島亮吉は
この洞窟を訪れ、
著書「瑞牆山・小倉山」の
中で「…文字は一丈ほどの
長さにて、二尺四方程の
大きさの文字五六字を
花崗岩に刻めり。
風化して殆んど
字形を止めず」とし、
この上方の岩窟には
剣を奉納してあると
書いています。
またこれとは別の洞窟には
弘法大師文字という梵字が
あるという。
カンマンポロンと読み、
大日如来、不動明王の
意味だという。
そういえば空海が霊場を
求めてやってきたという
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- 2025年09月07日
- 未選択
金峰山のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
68番:金峰山のはなし
▼【概略説明】
奥秩父の金峰山は、
南麓の山梨県側では
「きんぷさん」とか
「きんぷうさん」、
また北麓の長野県側では
「きんぽうさん」と
呼ぶそうです。
南麓の山梨県金桜神社の
由緒によれば、はじめ
日本武尊が山頂に
社殿造営。その後、
飛鳥時代になって奈良県の
金峰山から蔵王権現を
勧請したという。
また北ろく長野県側にも
数ヶ所に金峰山神社が
あります。
その金峰山縁起にも似た
記述があります。
やはり飛鳥時代、
奈良葛城山で修行し
吉野金峰山で蔵王権現を
感得した、役ノ行者が
中山道を東国に諸国行脚を
していました。
いまの長野県佐久市に
さしかかった時、
ふと川面をみると梵字が
浮いて流れてきます。
行者はこの川上に
霊神がいると悟り、
千曲川に沿って川上村
川端下集落から金峰山に
登ります。山頂で
蔵王権現に会い、以来
金峰山は蔵王権現を
まつる山として
また修験道の山として
栄えたという。
どちらがどちらの記述に
合わせたか、同じころの
開山ということになって
います。
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68番:金峰山のはなし
▼【概略説明】
奥秩父の金峰山は、
南麓の山梨県側では
「きんぷさん」とか
「きんぷうさん」、
また北麓の長野県側では
「きんぽうさん」と
呼ぶそうです。
南麓の山梨県金桜神社の
由緒によれば、はじめ
日本武尊が山頂に
社殿造営。その後、
飛鳥時代になって奈良県の
金峰山から蔵王権現を
勧請したという。
また北ろく長野県側にも
数ヶ所に金峰山神社が
あります。
その金峰山縁起にも似た
記述があります。
やはり飛鳥時代、
奈良葛城山で修行し
吉野金峰山で蔵王権現を
感得した、役ノ行者が
中山道を東国に諸国行脚を
していました。
いまの長野県佐久市に
さしかかった時、
ふと川面をみると梵字が
浮いて流れてきます。
行者はこの川上に
霊神がいると悟り、
千曲川に沿って川上村
川端下集落から金峰山に
登ります。山頂で
蔵王権現に会い、以来
金峰山は蔵王権現を
まつる山として
また修験道の山として
栄えたという。
どちらがどちらの記述に
合わせたか、同じころの
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- 2025年09月06日
- 山歩き
甲武信ヶ岳のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
67番:甲武信ヶ岳のはなし
▼【概略説明】
山梨・埼玉・長野の3県に
またがる甲武甲斐、武蔵、
信濃の三国にまたがるので
一字ずつとり甲武信ヶ岳。
埼玉県側では大空に
「ゲンコツ」が持ち
上がっているように
見えるので、
「拳(コブシ)」と
呼んでいました。
さらに遠く群馬県の
西部では「三国山」、
同県浜平では
大三国(おおみくに)と
呼んでいたそうです。
このように各山ろくから
見てそれぞれの山名で
呼んでいたわけです。
しかし甲武信と書いて
「こぶし」と
読ませるには、やはり
無理があります。
それは明治時代、
農商務省が地図を
作ったとき、3つの国名の
一字ずつをとって
「甲武信」としました。
さらに武蔵側で
「拳(コブシ)」呼んで
いることに目をつけ、
甲武信の字を「こぶし」と
読ませたということです。
甲武信岳には荒川、
千曲川、笛吹川と3つの
源流があります。
とくに笛吹川源流の
ふもとでは源流まつりも
行われています。
川の名前になった
笛吹権三郎の伝説も
あります……
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【とよだ 時】
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★おわり
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67番:甲武信ヶ岳のはなし
▼【概略説明】
山梨・埼玉・長野の3県に
またがる甲武甲斐、武蔵、
信濃の三国にまたがるので
一字ずつとり甲武信ヶ岳。
埼玉県側では大空に
「ゲンコツ」が持ち
上がっているように
見えるので、
「拳(コブシ)」と
呼んでいました。
さらに遠く群馬県の
西部では「三国山」、
同県浜平では
大三国(おおみくに)と
呼んでいたそうです。
このように各山ろくから
見てそれぞれの山名で
呼んでいたわけです。
しかし甲武信と書いて
「こぶし」と
読ませるには、やはり
無理があります。
それは明治時代、
農商務省が地図を
作ったとき、3つの国名の
一字ずつをとって
「甲武信」としました。
さらに武蔵側で
「拳(コブシ)」呼んで
いることに目をつけ、
甲武信の字を「こぶし」と
読ませたということです。
甲武信岳には荒川、
千曲川、笛吹川と3つの
源流があります。
とくに笛吹川源流の
ふもとでは源流まつりも
行われています。
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