『日本百名山の伝説と神話』77番:甲斐駒ヶ岳のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
77番:甲斐駒ヶ岳のはなし
▼【概略説明】
南アルプスの甲斐駒ヶ岳の
山名は、良馬の山地からだと
いうほか、いくつかの説があ
ります。(1)山中に神馬の
天津速駒がすむという伝承に
ちなむ説、(2)残雪の雪渓
の雪形が馬の形であることに
ちなむ説。(3)山梨県巨摩
郡第一の峰だから。
(4)このふもとは高麗から
の渡来人が多かった。(5)
聖徳太子の黒駒が空を飛び、
ここに降りたという伝説から
(「聖徳太子伝暦」)。(6)
山の形が駿馬がかける形に見
える説、(7)良馬の産地説
などなどです。
山頂のブロックの祠は、駒
ケ岳神社の奥宮で、大己貴神
がまつられ、また、修験道の
信仰の威力大権現が祀られて
います。前宮は山梨県北杜市
白州町横手地区と白州町の竹
宇の2ヶ所にあり、両方とも
黒戸尾根経由での甲斐駒ヶ岳
への登山口になっています。
この山も修験道の山。開山
は江戸時代後期、信州諏訪の
延命行者が行ない、さらに文
政年間に新たに行場が開か
れ、鉄剣・石像・石碑などい
まも各所に残っています。
▼【続きの本文を見る↓】
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・『日本百名山の伝説と神話』
・『丹沢山ものがたり』
・『全国の山・天狗ばなし』
・『続・山の神々いらすと紀行』
・『ふるさとの神々何でも事典』
・『ふるさとの歳時記』
その他
★【グッズ・SUZURI】
https://suzuri.jp/toki-suzuri/products
★【その他】
https://toki.moo.jp/baiten/baiten.html
…………………
【とよだ 時】
https://toki.moo.jp/
★おわり
……………………………………
77番:甲斐駒ヶ岳のはなし
▼【概略説明】
南アルプスの甲斐駒ヶ岳の
山名は、良馬の山地からだと
いうほか、いくつかの説があ
ります。(1)山中に神馬の
天津速駒がすむという伝承に
ちなむ説、(2)残雪の雪渓
の雪形が馬の形であることに
ちなむ説。(3)山梨県巨摩
郡第一の峰だから。
(4)このふもとは高麗から
の渡来人が多かった。(5)
聖徳太子の黒駒が空を飛び、
ここに降りたという伝説から
(「聖徳太子伝暦」)。(6)
山の形が駿馬がかける形に見
える説、(7)良馬の産地説
などなどです。
山頂のブロックの祠は、駒
ケ岳神社の奥宮で、大己貴神
がまつられ、また、修験道の
信仰の威力大権現が祀られて
います。前宮は山梨県北杜市
白州町横手地区と白州町の竹
宇の2ヶ所にあり、両方とも
黒戸尾根経由での甲斐駒ヶ岳
への登山口になっています。
この山も修験道の山。開山
は江戸時代後期、信州諏訪の
延命行者が行ない、さらに文
政年間に新たに行場が開か
れ、鉄剣・石像・石碑などい
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- 2025年09月28日
- 未選択
『日本百名山の伝説と神話』76番:恵那山のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
76番:恵那山のはなし
▼【概略説明】
中央アルプスの最南端恵那山
は、長野県と岐阜県との境に
あり、『古事記』や『日本書
紀』にも載っている山です。
伊勢湾から見ると舟を伏せた
ような形のため、ひと目でこ
の山とわかり、三河地方の漁
師たちはアテ山としていたそ
うです。
その形から舟覆山、また江戸
期、信州側では野熊山とも呼
ばれ、さらに胞山とも書き、
遠山、恵那嶽、恵那山、俗称
を御嶽様などともいったそう
です。「恵那山」の山名は、
天照大神が降誕したとき、そ
の胞衣(えな・胎盤)を山中
に納められたことからきてい
るといわれます。
その根拠は先述の『長野県町
村誌』に「絶頂より辰巳の方、
皇太神御産湯之池と言ふ神地
有り」とか、江戸中期の1757
年(宝暦7)に書かれた、木
曾の地誌『吉蘇志略』(松戸
秀雲=君山)巻第一「湯舟澤」
などにある記述だといいま
す。恵那山の下を通る神坂峠
には金売り吉次の伝説があり
ます。
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・『丹沢山ものがたり』
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・『ふるさとの神々何でも事典』
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その他
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76番:恵那山のはなし
▼【概略説明】
中央アルプスの最南端恵那山
は、長野県と岐阜県との境に
あり、『古事記』や『日本書
紀』にも載っている山です。
伊勢湾から見ると舟を伏せた
ような形のため、ひと目でこ
の山とわかり、三河地方の漁
師たちはアテ山としていたそ
うです。
その形から舟覆山、また江戸
期、信州側では野熊山とも呼
ばれ、さらに胞山とも書き、
遠山、恵那嶽、恵那山、俗称
を御嶽様などともいったそう
です。「恵那山」の山名は、
天照大神が降誕したとき、そ
の胞衣(えな・胎盤)を山中
に納められたことからきてい
るといわれます。
その根拠は先述の『長野県町
村誌』に「絶頂より辰巳の方、
皇太神御産湯之池と言ふ神地
有り」とか、江戸中期の1757
年(宝暦7)に書かれた、木
曾の地誌『吉蘇志略』(松戸
秀雲=君山)巻第一「湯舟澤」
などにある記述だといいま
す。恵那山の下を通る神坂峠
には金売り吉次の伝説があり
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- 2025年09月26日
- 山歩き
『日本百名山の伝説と神話』76番:空木岳のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
76番:空木岳のはなし
▼【概略説明】
中央アルプス主脈の中央に
ある空木岳。その名は春にな
っても残雪が山頂あたりに白
く輝き、すでにふもとで咲い
ている植物のウツギの花が、
梢に群がっているように見え
ることから来ているといいま
す。また実際にウツギの木が
多いそうです。
さて空木岳北側に木曽殿越
という鞍部があります。ここ
は立山の一ノ越、槍ヶ岳西鎌
尾根硫黄乗越しについで3番
めに高い乗越だそうです。源
平の合戦の時、木曽冠者(木
曽の殿)である源義仲がいと
この源頼朝の旗揚げにこたえ
挙兵。そして平安時代の治承
4(1180)年、兵を従え馬も
ろともにこの乗越から太田切
本谷を下り、伊那谷に侵入し
ていったというのです。
一方、伊那の平家方・笠原
平吾昭直はまさかとと思って
いた義仲の急襲にただボ-ゼ
ンとするだけ。兵はクモの子
を散らすように逃げてしまっ
たということす。以後、ここ
を木曽の殿越と呼んだといい
ます。
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76番:空木岳のはなし
▼【概略説明】
中央アルプス主脈の中央に
ある空木岳。その名は春にな
っても残雪が山頂あたりに白
く輝き、すでにふもとで咲い
ている植物のウツギの花が、
梢に群がっているように見え
ることから来ているといいま
す。また実際にウツギの木が
多いそうです。
さて空木岳北側に木曽殿越
という鞍部があります。ここ
は立山の一ノ越、槍ヶ岳西鎌
尾根硫黄乗越しについで3番
めに高い乗越だそうです。源
平の合戦の時、木曽冠者(木
曽の殿)である源義仲がいと
この源頼朝の旗揚げにこたえ
挙兵。そして平安時代の治承
4(1180)年、兵を従え馬も
ろともにこの乗越から太田切
本谷を下り、伊那谷に侵入し
ていったというのです。
一方、伊那の平家方・笠原
平吾昭直はまさかとと思って
いた義仲の急襲にただボ-ゼ
ンとするだけ。兵はクモの子
を散らすように逃げてしまっ
たということす。以後、ここ
を木曽の殿越と呼んだといい
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- 2025年09月24日
- 未選択
『日本百名山の伝説と神話』100番:宮ノ浦岳のはなし
『日本百名山の伝説と神話』
100番:宮ノ浦岳のはなし
▼【概略文】
宮之浦岳(1936m)は、屋
久スギで名高い鹿児島県屋久
島にある九州の最高峰の山。
島の山は標高1500m以上が
連なり、それを総称して八重
岳と呼んでいます。
とくに宮之浦岳、永田岳、黒
味岳の3座は、三岳(みたけ)
とか奥岳とも呼んでいます。
これらの山々には小さな祠が
あり、それぞれに一品宝珠
(寿)大権現(いっぽんほう
じゅ)という仏教の神をまつ
っています。
山頂は風化した奇岩、奇石多
く、ヤクシマシャクナゲが生
えており、永田岳やまわりの
山々、種子島などなどまさに
360度の展望です。その直下
に笠石と呼ばれる巨岩があっ
て、その下に祠が鎮座してい
ます。
この祠こそ、一品宝珠(寿)
権現のもので、北東側山ろく
の宮之浦地区にある益救神社
(やくじんじゃ)の奥ノ院だ
そうです。祠は安土桃山時代
の天正14年(1586)と、そ
の後に建立されたものといい
ます。ここの里宮、宮之浦地
区益救神社は、宮之浦地区や
宮之浦岳の名前の元になって
いるそうです。
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100番:宮ノ浦岳のはなし
▼【概略文】
宮之浦岳(1936m)は、屋
久スギで名高い鹿児島県屋久
島にある九州の最高峰の山。
島の山は標高1500m以上が
連なり、それを総称して八重
岳と呼んでいます。
とくに宮之浦岳、永田岳、黒
味岳の3座は、三岳(みたけ)
とか奥岳とも呼んでいます。
これらの山々には小さな祠が
あり、それぞれに一品宝珠
(寿)大権現(いっぽんほう
じゅ)という仏教の神をまつ
っています。
山頂は風化した奇岩、奇石多
く、ヤクシマシャクナゲが生
えており、永田岳やまわりの
山々、種子島などなどまさに
360度の展望です。その直下
に笠石と呼ばれる巨岩があっ
て、その下に祠が鎮座してい
ます。
この祠こそ、一品宝珠(寿)
権現のもので、北東側山ろく
の宮之浦地区にある益救神社
(やくじんじゃ)の奥ノ院だ
そうです。祠は安土桃山時代
の天正14年(1586)と、そ
の後に建立されたものといい
ます。ここの里宮、宮之浦地
区益救神社は、宮之浦地区や
宮之浦岳の名前の元になって
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・『日本百名山の伝説と神話』
・『丹沢山ものがたり』
・『全国の山・天狗ばなし』
・『続・山の神々いらすと紀行』
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- 2025年09月23日
- 未選択
『日本百名山の伝説と神話』74番:木曽駒ケ岳のはなし「神馬と信長」(再)
『日本百名山の伝説と神話』
74番:木曽駒ケ岳のはなし
「神馬と信長」(再)
※また同じミスをやってしまいました。
スミマセン、スミマセン。
▼【目次】
・木曽駒ヶ岳とは
・ライチョウ
・西向き木曽側の神社
・東向き伊那側の神社
・山名
・馬形の岩
・雪形いろいろ
・信長の神馬探し
・木曽駒の神馬をみた
・高遠藩検の分登山
・駒ヶ岳一覧之記
・後駒ヶ岳一覧記
・登駒ヶ岳記
・濃ヶ池の伝説
・早太郎伝説
・天津速駒
・天狗ばなし
・木曽駒ケ岳データ
・参考文献
▼【概略説明】
木曽駒ヶ岳は激しい風化で
峰や谷が多い山。「三十六峰
八千谷」という異名もあるそ
うです。しかしいまでは、千
畳敷までロープウエイで簡単
に登れ、さらに2時間あまり
で山頂に登れます。
ここには昔から山中に神馬
がすむという伝説があり、馬
の雪形、山の中に馬の形をし
た岩があるなど、馬に関係し
たはなしが沢山あります。こ
の山もかつて信仰の山だった
そうで、山頂にはふたつの神
社が建っています。両方とも
駒ヶ岳神社で、西を向いてい
る方がの木曽側の村人がまつ
った駒ヶ岳神社奥社。
その神社のすぐ東側、東(伊
那側)を向いている神社は、
伊那側の人たちがまつった駒
ヶ岳神社の奥社です。江戸時
代中期には地元の高遠藩が、
この山の検分調査を3回も行
っています。山頂東南にある
濃ヶ池は毒水で、ヌシの竜が
すんでいて、ふもとの娘を見
そめ、呪いをかけて自分のも
のにしたという伝説がありま
す。またふもとには山犬早太
郎で有名な光前寺もありま
す。
▼【続きの本文を見る↓】
https://toki.moo.jp/mail-maga/100den/100den04.html
74番:木曽駒ケ岳のはなし
「神馬と信長」(再)
※また同じミスをやってしまいました。
スミマセン、スミマセン。
▼【目次】
・木曽駒ヶ岳とは
・ライチョウ
・西向き木曽側の神社
・東向き伊那側の神社
・山名
・馬形の岩
・雪形いろいろ
・信長の神馬探し
・木曽駒の神馬をみた
・高遠藩検の分登山
・駒ヶ岳一覧之記
・後駒ヶ岳一覧記
・登駒ヶ岳記
・濃ヶ池の伝説
・早太郎伝説
・天津速駒
・天狗ばなし
・木曽駒ケ岳データ
・参考文献
▼【概略説明】
木曽駒ヶ岳は激しい風化で
峰や谷が多い山。「三十六峰
八千谷」という異名もあるそ
うです。しかしいまでは、千
畳敷までロープウエイで簡単
に登れ、さらに2時間あまり
で山頂に登れます。
ここには昔から山中に神馬
がすむという伝説があり、馬
の雪形、山の中に馬の形をし
た岩があるなど、馬に関係し
たはなしが沢山あります。こ
の山もかつて信仰の山だった
そうで、山頂にはふたつの神
社が建っています。両方とも
駒ヶ岳神社で、西を向いてい
る方がの木曽側の村人がまつ
った駒ヶ岳神社奥社。
その神社のすぐ東側、東(伊
那側)を向いている神社は、
伊那側の人たちがまつった駒
ヶ岳神社の奥社です。江戸時
代中期には地元の高遠藩が、
この山の検分調査を3回も行
っています。山頂東南にある
濃ヶ池は毒水で、ヌシの竜が
すんでいて、ふもとの娘を見
そめ、呪いをかけて自分のも
のにしたという伝説がありま
す。またふもとには山犬早太
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- 2025年09月20日
- 山歩き

