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和歌山・高野山弘法大師と狩場明神


▼きょうの話題「山・花・峠の伝説民俗」(417)をどうぞ。
下方から【本文】イラスト・データへリンクしています。
某月某日(日曜日 天気:くもり)
「和歌山・高野山弘法大師と狩場明神」

弘法大師空海を聖地高野山に導いた神は狩場明神だとされていま
す。ここ奈良県五条市の大和二見駅南西犬飼山転法法輪寺境内にも
狩場明神社があります。

この場所が弘法大師と狩場明神がはじめて出会った所とされていま
す。

伝説によると815(弘仁6)年、聖地をさがしていた弘法大師が山
中で狩場明神と出会い、明神の使者である黒白2匹の犬の先導で、
無事高野山にたどりついたという。

大和二見駅は和歌山線の小さな駅。座布団をつけたベンチにザック
を置き、転法輪寺に行きました。

りっぱな狩場明神の社が合祀されています。社務所に弘法大師との
出会いのシーンの絵が飾ってあります。長年の日光に焼けて白茶け
ています。

明神社の前にかしずく白黒2匹の犬。静かな静かな境内…。伝説な
どものの数に入っていないようでした。
・和歌山県五條市

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▼きょうの話題(終わり)

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北ア黒部源流・水晶岳の大ヤマ師

「北ア黒部源流・水晶岳の大ヤマ師」
某月某日(土曜日 天気:晴れ)

雲ノ平の直下高天原の温泉が流れる沢すじには露天風呂があって自
由に入れます。

以前、東側水晶岳には金の大鉱脈が埋蔵されているという噂があり
ました。ここにはいまでも大鉱脈を掘り当てようとした坑道があり
ます。

かつては「大銅鉱山事務所」の建物があったという。これは星勇九
郎という人の持ち物だったという。

勇九郎は「埋蔵量は無尽蔵。水晶岳と三ツ岳にトンネルを掘り、長
野県大町市まで金鉱運搬の鉄道を引く」と息まいていたという。「あ
と25m掘れば鉱脈にぶつかる。もう一息だ」と発破をかけます。

この話にのったある資本家がスポンサーになり、大勢の人夫を雇い、
いくつもの坑道を掘削、大々的に事業を展開しました。

しかし結局金鉱は出ずじまい。何人もの資本家が食い物にされたと
いう。昭和24年ごろのおはなしです。
・富山県富山市

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▼きょうの話題(終わり)

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きょうははがき絵教室

はがき絵教室でモデルにする野草の花が最近はなかなか見つからな
くなりました。目につけていたカラスウリが生えていた空き地が、
きれいに手入れされてしまっています。

仕方なく庭に植えてあるセンリョウを切りました。まだちょっと早
く、実が充分大きくなっていません。誕生日の花としては12月15
日だそうです。

好事家は、アカモノ(一両)、ヤブコウジ(十両)、カラタチバナ(百
両)、これにセンリョウ、マンリョウとアリドオシといっしょに寄
せ植えします。

そして「一両、十両、百両、千両、万両、年中お金が有りどおし」
といって縁起をかつぐそうですから、めでたい植物なのですね。
つづいて「きょうの山の話」をどうぞ。

▼きょうの話題「山・花・峠の伝説民俗」(417)をどうぞ。
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某月某日(-曜日 天気:-)
「誰が決めたか天狗の代表八天狗」

誰が決めたか天狗の代表八天狗
山の妖怪といえが天狗。有名なのは「日本八天狗」と呼ばれる面々。
その名は京都の愛宕山太郎坊、滋賀県比良山次郎坊、長野県飯縄山
の飯綱三郎、奈良県大峰前鬼、京都の鞍馬山僧正坊、香川県白峰相
模坊、神奈川県相模大山伯耆坊、福岡県の英彦山豊前坊の八天狗で
す。

なかでも愛宕山太郎坊は、八天狗の代表で、その前身は聖徳太子の
恩師・日羅だともいわれます。

太郎の次は次郎が順序。比良山に住む次郎坊は『今昔物語』にも登
場、その乱暴ぶりが紹介されています。

「三男」の飯綱三郎は長野県の飯縄山におり、静岡県の秋葉山、東
京の高尾山、群馬県の迦葉山などの飯縄系天狗の総元締めになって
います。

次の大峰前鬼は、その妻といわれる後鬼とともに役ノ行者の忠実な
従者。大峰山を守っているという。いまでも大峰山中には前鬼の里
があります。

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▼きょうの話題(終わり)

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神社階段の上り下り

近所の神社境内の大木が、空洞ができて台風の時など危ないという
ので先月のはじめ、枝を伐採しました。

太い枝を切り落とすため、階段の手すりを壊して当分の間通せんぼ。
30数年続けていた運動不足解消の階段上り下りも中止です。

そのせいか、最近気分が盛り上がらず、どうも元気が出ません。体
重も増えてきたようです。

ところがこのほどやっと通れるようになったのです。早速出かけ、
1ヶ月ぶりのトレーニングに気分もスカッ。

どこかの首相じゃないけれどまさに「水を得たドジョウ?」のよう
になりました。

やはり生活のサイクルを変えるのはよくないようです。感謝感謝の
鎮守さまです。

考えてみればこの神社にはお世話になりっぱなし。少しは恩返しを
しなければ。管理人の方に階段の掃除を約束しました。つづいて「き
ょうの山の話」をどうぞ。


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某月某日(月曜日 天気:快晴)
「北ア・五色ヶ原と佐々成政の埋蔵金」

有名な富山城主・佐々成政の真冬の立山越え。冬の立山はきびしく、
1ヶ月後信州野口村大出についたときは遭難寸前。

立山越えのコースは一般的に、立山・常願寺川・ザラ峠・五色ヶ原
・黒部川の平・針ノ木峠・野口村のルートとされています。

成政が秀吉に降伏したのは翌天正13年。成政はその直前に家臣に軍
資金を黒部の山中に埋めさせたという。

この埋蔵金探しは最近まで続けられたという。ある年の8月、ザラ
峠を越え、五色ヶ原でテントを張りました。

なるほどザラ峠には荒廃してはいますが、常願寺川方面への道もあ
ります。五色ヶ原は池塘と残雪、高山植物の花で埋まっています。

新婚さんらしい2人が、近くのヒュッテに泊まっているのか、素肌
をまっ赤に日焼けして雪遊びをしていました。お互い、いい持代に
生まれました。
・富山県富山市と立山町との境

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▼きょうの話題(終わり)

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柳田國男「ならぬ柿の木」

わが家に「甲州百目」という大きな渋柿のなる木があります。それ
とは別に甘柿の富有柿があるのですが、植えてから一度も実がなり
ません。

昔は、実のならない柿の木は神聖視されていたといいます。「今昔
物語」にも出てきて、柳田國男も「不幸なる芸術」の中で触れてい
ます。

そうか、それなら大事にしてみようか。てなわけで、狭い庭に10
数年邪魔もの扱いもしないで見守ってきました。

それがことしからなりはじめてしまったのです。なんだなってしま
えばただの柿の木。神秘でも何でもありません。

なぜかがっかりしながら食べてみると、ん!いけるっ。これうまい
じゃん。

それからは根もとをきれいにして、肥料をやってみようなどと話が
変わりました。やはり「食べる話」が優先ですね。

▼きょうの話題「山・花・峠の伝説民俗」(415)をどうぞ。
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某月某日(金曜日 天気:晴れ)
「奥秩父・金峰山のお宮」

江戸中期の儒学者荻生徂徠の「峡中紀行」に、奥秩父金峰山山頂は
黄金の地だとあります。

西麓には金山という地区もあり、武田氏時代の金の採掘場所ともい
い、金鉱にかかわるため金峰山の名がついたという。

天文年間以降、長野県側川上村も武田氏の領有になりました。村内
にも金山があって、ここでも武田信玄の命令で金を採掘したといわ
れます。

山頂の五丈岩のわきを南(山梨県側)にまわり込むと、ちょっとし
た広場があり壊れかけた石祠と石灯篭が建っています。

甲府市、山梨市、牧丘町などにある金桜神社の山宮(本宮)ですが
いまはすっかり荒れ果てています。

かつて山宮には金製の大黒天がまつられていましたが、江戸も末期
の慶応年間に盗難にあい、さらに放火され山宮は焼失していまった
ということです。
・山梨県甲府市と長野県川上村との境

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▼きょうの話題(終わり)

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